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二日連続でオペラ観劇してしまいました [音楽鑑賞]

二日連続で同じ人の演出による「フィガロの結婚」を観てきました。
名古屋二期会第43期研究生・研修生のオペラ公演で出演者の半分が研究生・研修生、半分は会員でした。
また一部の役を除いてダブルキャストでした。
出演の会員は若手が多かったでしょうか。研究生・研修生は音大卒ばかり、若手ばかりではないようでしたが。研究生と研修生の違いが今ひとつよくわかりませんが(東京の二期会も関西二期会も同じシステムなのかもわかりません。)、中には音大卒でなくて頑張っている方もいらっしゃったかもしれません。

研究生・研修生のカリキュラム終了記念の公演ということなのでしょうかね?とにかくチケット代が1000円という安さもあって二日連続で観に行くことになったのでした。(ほかにも用があり、そのついでに行けるという理由もありました。)

大劇場ではなく小劇場での公演で、一応オーケストラピットのように低くなった場所にはグランドピアノ(K.KAWAIと書いてありました。)とRolandの電子チェンバロ(3本足)が。ピアノの方は二日間伴奏をしていましたが、休憩が多いチェンバロの方と違いとてもハードだったのではないだろうか、と思いました。もちろん経験豊富な伴奏者&コレペティトゥーアのようなのでこれが当たり前なのかもしれませんが、歌手より大変そうでした。譜めくりさんもぼ~っとしていられないし、こちらも大変そうでした。だからと言ってチェンバロ奏者が暇だったというわけではないのですが、ピアノに比べれば演奏も緩やかな感じで、休みが多かったので楽そうでした。とにかく15分の休憩はありますが約3時間ですからね~。しかも二日連続。絶対歌手より大変だと思うのですが・・・。それとチェンバロ奏者と言ってもいわゆる「チェンバロ奏法を学んでいてオリジナル楽器のチェンバロで演奏している人」ではないと思います。あくまでもピアニストが電子チェンバロを弾いていたのだと思います。少なくとも経歴からはそのように思います。でもあまりにも良い音でうっかり本物のチェンバロかと思ってしまいました。モダンピアノとピッチが合うのはそのように調律しているせいかと思ったのですがやっぱり電子チェンバロでした。

結論から先に言うと大変お得感のある公演でした。
私は研究生・研修生の公演ということで何か学芸会のようなものを想像していたし、賛助出演の会員にもあまり期待をしていませんでした。
実際その想像通りの方もいましたが、全体を通してこれで1000円は安すぎると思いました。特に初日の公演が素晴らしく、私は5000円以上払っても良いと思うほど満足だったのです。二日目のメンバーも健闘していましたが、初日と比較するといろいろな面で残念なところが多かったです。でもおそらくは初日が良すぎたのでしょう。

その良すぎた初日ですが、この日の公演を通じて感じたことは以下のとおりです。主に良かった点から二日目と比較したりして考察しています。

☆最近の日本の若手歌手は歌唱力だけでなくダンス(バレエ)の力もある人が多い。

初日のフィガロはモデルもやっているほどルックスがよかったです。ダンスの経験は人それぞれかもしれないけれど、軽やかな身のこなしがストーリー展開にも重要だとさえ思いました。特にこの日のフィガロとスザンナは歌唱力・演技力が素晴らしかっただけでなく身のこなしが軽やかでダンスが達者。それがこのオペラのストーリー展開とか役柄に求められる重要な要素ではないかとすら思いました。

☆小道具の使い方

「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の場面で、フィガロとケルビーノの靴の音が印象的でした。他の公演でも使われると思うのですが歌詞でいうとファンダンゴとか軍隊とかが出てくるところで効果的に使われた靴音、同じ演出でもちょっと違っていました。初日のフィガロがタップダンス用みたいな靴を使用していたのかな、と思います。確か踵が高い靴でしたが、良い音が印象的でした。二日目のフィガロは見たところウォーキングシューズみたいな感じでしたが初日と同じ音を期待していたら普通の靴音でした。靴はそれぞれの歌手が自分で選んでいるだけなのでしょうか?だとするとこの歌のためにわざわざタップダンス用(そうでなくても音を意識した靴)を使用している初日のフィガロ役はすごいですね。また靴の違いだけでなく、初日のフィガロとケルビーノの靴音が音楽にぴったりと合っていた(二日目が合っていなかったわけではないのですが)ということも付け加えなくてはなりません。







次に初日と比較すると残念なことが多かった二日目からの考察です。残念だった面から初日と比較して書いています。

☆レチタティーヴォの巧拙はアリアの巧拙よりわかりにくいと思うが、うまいと面白さが倍増する。

私がこのオペラを何度も見ていて、場面によっては経験があるので巧拙がわかるというわけではないと思っています。おそらくあまり観たことがなかった人にもレチタティーヴォの巧拙は伝わったのではないのでしょうか。下手なレチタティーヴォは言葉がまず自分のものになっていないし、必死感が見えてしまいます。イタリア語がわからない(あるいは勉強していてもよくわかっているわけでもない)日本人聴衆の多くはきっと音楽として聴いていると思います。目は字幕を追いかけていてレチタティーヴォは音楽として何となく聴いているというのが多くの人の聴き方かなと思いますが、言葉としてのリズムや抑揚が伝わると心地よいですよね。

☆演奏者のルックスや体型、身のこなしも重要だが、最終的には声と歌唱力。

実は前半は良すぎた初日と比較してまったく楽しめなかったのですが(比較するなと言われても無理!)、後半バルバリーナ(研究生か研修生)が登場してほっとしたのでした。特に声と歌唱力が素晴らしかったです。
かなりふっくらした方でしたが、そんなことはまったく気になりませんでした。

☆ハーモニーとリズムを意識した歌唱をしてほしい

これも初日は花まる。二日目はお互いの声質が溶け合わなかったり、ピッチのズレなどからハモらなかったりという場面が多かったような気がします。また歌い手という人種はリズムに意識が向かないことが多いように思うのですが、これも初日は花まるでした。二日目は伴奏と合わないところが何箇所かありました。指揮者とベテラン伴奏者が大変な努力で合わせていたと思います。

☆棒立ちの演技と歌唱にならないための工夫

私に何か考えがあるわけではないのですが、二日間の公演は同じ演出なのに明らかに違っていました。
上で書いたように最終的には声と歌唱力だと思いますが、それプラス演技力と身のこなし(ダンスの力)も重要です。その演技力とか身のこなしの部分に含まれることなのかもしれないのですが、歌唱力はまた別としてつまらなく見せるか面白く見せるかはそれぞれの資質や経験もあるのでしょうけれど、工夫もあるのかもしれないと感じました。歌しかやってない人とほかにも色々経験している人とでは当然違ってくると思いますが、演技を面白く見せている歌い手は演出家に従うだけでなく細かいところで工夫をしているのでしょう。上手な人はちょっとした目の動きとか体の動きに意味があってムダがない、と思いました。

ほかにもいろいろあったと思いますが今思いつくのはこれくらいでしょうか。

伯爵は両日とも会員で別な人でしたが、初日は短気でエッチなところが可愛いコミカルな伯爵、二日目はクールなイケメン。両方とも素敵で上手でしたが、どちらかといえば初日が良かったです。出てくるたびに嬉しくなってしまって(キタ━(゚∀゚)━!)っていう感じでした。(笑)
バルトロ&バジリオ(クルツィオ)は両日とも同じ人でしたが、このコンビはなかなかいい味出していたと思います。

今回この二日間の公演で、日本人によるオペラもいいなあと思った私です。(もちろんものによるけれど)積極的に聴きに行きたいとは思っていませんでしたが、今回のようならもっと聴きに行きたいと思いました。今回の公演、出演者にノルマはあったと思いますが、かなり宣伝不足だったと思います。小劇場なのに空席が多かったです。字幕付きでオペラ初心者にも親しみやすい演目だったので、宣伝すれば満席になったと思うのですが。

それにしても初日のスザンナは研究生・研修生とは思えないほど歌唱力・演技力・身のこなし、ルックス・・・どれをとっても素晴らしかったです。もうすでに会員なのかと思ってしまいました。これからの活躍が楽しみです。

それからフィガロのアリア"Aprite un po' quegli occhi"が歌われなかったのは残念。二日目は「お山羊とめ山羊は仲がいい」というアリアが歌われていましたが(確か初日はなかったです。)、初めて聞きました。省略されることが多いアリアみたいですね。






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下垣真希さん(ソプラノ)のコンサートに行ってきました [音楽鑑賞]

前の記事に追記したいと思いながらまだ追記できていませんが・・・

昨日突然だったのですがコンサートに行ってきました。
知人から一昨日電話がかかってきたのですが一緒に行くはずだった人が行けないとのこと。
たまたま時間があったので行くことにしました。

コンサートは下垣真希さんというソプラノ歌手の「日本の歌シリーズVol.17~希望のひかり~」というものでした。東日本大震災の復興支援を謳ったもので東北ゆかりの詩人・作曲家の曲などが多かったでしょうか。

プログラム

さくら(日本古謡)
花の街(江間章子作詞/團伊玖磨作曲)
どじょっこふなっこ(豊口清志作詞/岡本敏明作曲)☆秋田
早春賦(吉丸一昌作詞/中田章作曲)
あわて床屋(北原白秋作詞/山田耕筰作曲)
雪の降る町を(内村直也作詞/中田喜直作曲)☆山形
花(武島羽衣作詞/滝廉太郎作曲)
朧月夜(高野辰之作詞/岡野貞一作曲)
星めぐりの歌(宮沢賢治作詞/作曲)☆岩手
あの子(永井隆作詞/下垣真希作曲)
花は咲く(岩井俊二作詞/菅野よう子作曲)☆宮城

休憩

すみれの花咲くころ(白井鐵造作詞/デーレ作曲)
初恋(石川啄木作詞/越谷達之助作曲)
ゴンドラの歌(吉井勇作詞/中山晋平作曲)
愛の夢(下垣真希作詞/リスト作曲)
チャルダーシュ(モンティ作曲)※ヴァイオリンソロ
月の光(ドビュッシー作曲)※ピアノソロ
月の砂漠(加藤まさを作詞/佐々木すぐる作曲)
ある晴れた日に(ジャコーザ台本/プッチーニ作曲)
長崎の鐘(サトウハチロー作詞/古関裕而作曲)
アメイジンググレイス(黒人霊歌)

アンコール
千の風になって新井満作曲)


アンコール以外の曲はプログラムに書いてあるとおりです。
下垣真希さん自身の作詞とか作曲があるところにご注目ください。
また今回は﨑山弥生さんのヴァイオリンと北川美晃さんのピアノとの共演でしたがほとんどの曲がアレンジされていました。ピアニストのアレンジでしょうか。

下垣さんの声はリリコ・スピントになるのでしょうか。ドラマティコというよりスピントでしょうか。
最初の「さくら」では日本語がよく聞き取れる声だと感じました。響きが豊かすぎて日本語が聞き取りにくい場合が多いのですが、少なくとも私はこのタイプの歌い手さんにしては言葉が聞き取りやすい方だと感じました。でもご一緒したある男性(今回私同様突然誘われた一人)は「聞き取りにくい。由紀さおり・安田祥子のほうが良い。」と辛口のご意見でした。
そうなんですね。自分が声楽をやっていると言葉が聞き取りにくい演奏にも結構慣れてしまって「こんなもんだ」と思いがちなのですが(声楽やってなくてもよく聞きに行く人で「声楽家の歌はこういうものだ。」と評価してしまうことがありますよね。)、一般の人はそう思うんだなあと感じました。
私は言葉に関してはまあまあ聞き取りやすいと思ったものの、最初の頃からある”癖”を感じました。
誤解のないように書きますが、下垣さんの声は非常に美しく、声の出し方は大変勉強になるものでした。私自身は「ある晴れた日に」が一番下垣さんの良さが出ると感じています。これは文句のつけようがない演奏だったと思います。そして今回ほとんどを占めた日本語の歌も良い演奏だったのですが、声の出し方というか作り方が非常に気になりました。そしてそれは「ある晴れた日に」(原語)では気にならなかったのです。

下垣さんだけではなく、日本のいわゆる「プリマドンナ」(男性も?)に多い傾向だと思うのですが、ある音を出すときに「細く」当てたあと充実した響きをつけるため、例えば「レー」(レは音名)というところが「ド♯・レ~」に聞こえてしまうのです。ちょっと極端な言い方かもしれませんが、前打音(倚音)みたいな感じに聞こえます。
これも絶対ダメということはないと思いますがあまりにも頻繁だと気になります。メロディーの上行型の(小さい)頂点に多く見られ、下降型ではポルタメントが多いのも特徴ですね。今回、最初の時にはそれほど気にならなかったのですが、曲が進行するにつれてあまりにも回数が多いので詩の内容を味わうよりもそれが気になって仕方がなくなりました。
会場(電気文化会館)は満席で大盛況。ほとんどの方はおそらく感激されていたことと思います。
自分が声楽をやっているので、ついつい「自分ならこう歌いたい。」「自分ならこういうふうに歌いたくない。」という気持ちで聞いてしまうので、辛口になってしまうのは仕方がないと思うのですが、終演後同行した方々と感想を述べ合うと似たような感想が多かったと思います。そのひとつが前述の男性の感想。ほかには「『月の砂漠』などはうわ~っという感じでドラマティックに歌って欲しくない。」というのもありました。
今回のアレンジはとても素敵でしたし、ピアノもヴァイオリンも歌の邪魔にならず良かったと思います。ただ、「あわて床屋」もそうでしたが、シンプルな童謡唱歌の演奏効果を高めるために最後に高音を伴う華やかなカデンツァをつけたりしているのはどうなのかな、と思いました。確かに童謡唱歌をそのまま歌うと声楽家にとっては物足りないと思うし、こういうのもありだとは思うのですが、ずいぶん世界が変わってしまうように思います。前述の癖のこともあって私は詩の世界に入りにくかったです。まあでも華やかなカデンツァも曲によるとは思いますが。(つけることによってよりその曲の世界を表すことができるのなら・・・という感じでしょうか。)

98歳で詩を書き始め少し前に亡くなったという柴田トメさんという方の詩(私は初めて知りました。)が紹介されていましたが、アンコール前に紹介された詩が「千の風になって」を彷彿させると思ったら案の定それが演奏されました。

今回のコンサートで日本語で歌うことの難しさ(日本人の聴衆に向けて日本人が日本語の歌うことの難しさ)を感じたような気がします。「花は咲く」なんかでもどなたが歌っているのか知りませんでしたがNHKでたまに耳にするもののほうがす~っと入ってきますからね。
それと童謡唱歌のコンサートは簡単そうで難しい、と感じました。(これ米良さんのコンサートでも感じますね。)




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7年ぶりのレッスン [声楽]

前回から2ヶ月以上も経ってしまいました。
リアルな生活が忙しすぎて更新・コメントする物理的・心理的余裕がありませんでした。
(家族にPCを占領されるという問題もあったりして・・・。)
ここに書けるような大きな出来事としては、東京で声楽レッスンを受けたことが第一に挙げられるでしょう。

次女が東京に行く用があって、本当は一人で高速バスで行くはずだったのが、うちの近くで停まる便がなくなり、たまたま何の予定もなかった私は車で送って行ってもいいな、と思ったのでした。当初の予定では夜中に出発して日帰りのつもり。私はただ東京をぶらぶらするつもりだったのですが、せっかく行くのならついでにレッスンを受けられないかなと思ってしまいました。先生にメールをすると次の日なら都合がよいとのこと。「せっかく来られるのですからお会いしたいですねえ。」と添えられていました。その一言もあって、一泊してレッスンを受けることになってしまいました。
この時は45分のレッスン一回の予定(午前)で予約していたのですが、結局滞在時間が延びるということになってレッスン当日の朝お願いして更に午後5時にもいれていただくことができました。そのようなわけで1日2回のレッスンとなりました。

レッスンに行くといっても本番が近いわけでもなく特に何も練習していませんでした。自分としてはバロックオペラのアリアがよかったのですが、先生は古楽専門ではないし、ヘンデルの有名なアリアとか「マタイ受難曲」などはいけるでしょうけれど、ここは普通にドイツリートとかが良いかなあ・・・と悩みに悩んで選曲したのが次の曲。

中田喜直の「さくら横ちょう」、シューベルトの「花だいこん」、R.シュトラウスの「万霊節」。
一曲くらいオペラアリアを入れたかったのですが、単発レッスンですし欲張らずにこれらにしました。「さくら横ちょう」以外はレッスンを受けた経験のある曲ばかりです。
思えば日本歌曲のレッスンって受けたことないです。「曼殊沙華(ひがんばな)」とか「初恋」も良いなあと思ったのですが、悩んで「さくら横ちょう」にしました。
「花だいこん」(Nachtviolen)はシューベルトの歌曲ではちょっと趣が異なる曲だと思っていますが、最初のほうから2点Aが何度か出てきて、全体的に高めの音で構成されているため、出せるはずの音だけれど歌うのがきつい、という曲でした。しかもこの高音は力任せに出すのではなく繊細に出さなければなりません。
「万霊節」は先生のリサイタルで聴いていたこともあり、お得意の曲だろうからという思いもあって選曲しました。
もちろん私も大好きな曲なのですが。

午前レッスンでは主に「さくら横ちょう」と「花だいこん」、午後レッスンでは「万霊節」を加えた3曲で発声中心のレッスンをしていただきました。

主に息の通り道を作るという内容です。
ポイントは以下のとおり。(加筆訂正する可能性があります。)

①仙骨に力を入れる(でっちりにする)
②丹田を意識
③胸郭の引き上げ(鳩胸)→仙骨から胸郭に向かって矢を射抜くような感じ
④軟口蓋を挙げる
⑤舌を上げる
⑥下顎を上の顎より前にスライドさせる(受け口)
⑦足の親指を上に上げる→踵と親指の引っ張り合い

午前レッスンでは主に④についてのレッスンでした。
今まで軟口蓋を意識して挙げるということがなく、高音は勢いで出していたのですね。家の中では思い切り声出しでいないこともあって高音練習が常に不十分。たまに歌うときも勢いで何とかしようとする傾向があって、もっと出せるはずの高音が出せないというのが自分にとっての問題点でした。
午前のレッスンで高音が出にくいときに先生から「軟口蓋を挙げましょう。」と言われましたが、その時鼻を少し横に開くようにしてみました。・・・というのはどこかでそんなことを読んだような気がしたからなのですが、それを意識しただけで確かに挙がっていたようで、高音が楽に出せるようになりました。
「花だいこん」は一曲歌うと疲れて繰り返して歌えないことが多かったのですが、レッスン中はまったく大丈夫で、特に午後はまったく疲れずに何度も2点Aを出すことができました。
特に高音のための練習ということでもなくやはり「息の通り道」を作るということがまず大事なんだなあ、と思わされたレッスンでした。
自分でも「高音が楽に出せるようになった」という収穫はありましたが、先生からも「発声が整って表現に余裕ができました。」「声が引き締まった感じになりました。」「僕は今回お会いできて良かったと思います。」というように言っていただけました。

録音は午後レッスンの一部だけ行いました。スマホなので電池が気になって。
いずれ音声ファイル分割に成功したら自分の歌声だけアップするかもしれません。

この先生のレッスン、前にブログに書いたことがあるのですがもう7年も前だったのですね。
つい最近のことのように記憶しているのですが。
でもそんなに時が経ってないように感じる私でした。
これからも機会を作って見ていただきたいと思っています。

今回の先生のおっしゃったことでなるほどなと思ったこと。

《自分で「それは違うなあ」と思うようなアドヴァイスはその時には「そうですね。」と言っておいて消去してしまうほうが良いです。プレイヤー同士でもそれほど相手のことを思って言っている訳ではないです。個体としての声がどういうプロセスを経て今こういう状態にあるのかということを僕でも時間が空いてしまうとわからないです。間違ったことを言っているわけではないのだけれども「絶対こうしろ。」というアドヴァイスをされた場合は「そうですね。」と言っておいて消去したほうが良いです。発声というのは積み上げていくものですから・・・》

《歌い手はこう歌わなければならない、などと思ってしまいがちだけれど、作曲者は案外自由に演奏してほしいと思っているものです。中田喜直さんの奥様も「主人はそんなこと言ってなかったわよ~。」とおっしゃっていました。》







(加筆訂正する可能性があります。)



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「レ・ミゼラブル」&ネットプリント

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

退院後忙しすぎてブログどころではありませんでした。
今日はちょっと一息つくことができ、やっと更新できます。
これからまた忙しくなりそうで、1月の更新はこれで終わるかもしれません。

去年は歯の矯正、眼瞼黄色腫の治療、子宮筋腫の手術のための入院・・・と病院に行きまくった年でした。
治療日記ではないので矯正の詳しい話は書きませんが、地味に進んでいます。私の矯正は外科手術を伴うものなのですが、当分大きな動きはないです。まあ気長にいきたいと思います。今年中に外科手術があるのかどうかというところです。

こんな状況なので去年は歌の本番は一切入れなかったのですが(話しにくい装置がついていたため)、そこまでする必要もなかったかなあと思っています。まあ今年も自分の体と向き合う一年になりそうですが、目標は何でしょうかね?大きな目標はやっぱり自分の体を大切にするというところでしょうか。今までも特に無理はしていませんでしたが、健康のことを考えるなんてバカバカしいと思っていたところがあります。細かい目標というかやってみたいことは発声や歌など感覚や感性に頼っていたことを他人に説明できるよう理論や理屈で考えたいということでしょうか。(歌以外に関してもそう思っています。)

年末に「レ・ミゼラブル」の映画を観に行きました。本当は家族全員で行きたかったのですが、それぞれの事情から次女と二人で。「英国王のスピーチ」のトム・フーパー監督が監督しているということで絶対観なければ~と思って行きました。
結論から言うととても良かったです。ですが、感動で涙が出るっていう感じではないです。この作品、私はきっと本で読むほうが好きです。ミュージカル特有の台詞(歌)のテンポがどうもアメリカンな感じ(ディズニー映画みたいな感じ)で私の感覚に合いません。(あ、でも別にアメリカのミュージカルというわけではないのですよね?)又歌詞が説明的なのも自分の感覚に合いません。このように台詞が気になって感動する暇がありませんでした。以前ちょっと古い「レ・ミゼラブル」の映画を観ましたが、”感動”するのはそちらのほうかもしれません。音楽はシェーンベルク(一瞬あのシェーンベルクかと思いました。笑)という人の作品ですが、「オペラ座の怪人」と違って覚えにくいメロディーでしょうか?印象に残っているのは冒頭のシーンで囚人たちが歌う♪Look down♪(時が変わる場面で群衆の歌として他に二回ほど歌われます。)、革命を起こす青年たちの歌などでしょうか。エポニーヌの歌も良かったですけれどとにかく何度も聴かないと覚えられそうにないです。
実はエポニーヌってミュージカルだけに登場する人物というか名前だと思っていました。テナルディエに娘がいて溺愛していたという記憶はあるのですが、エポニーヌという名前じゃなかったような気がしていました。しかもマリウスを慕っていたというのは初めて知りました。児童向け「ああ無情」しか読んでないので、原作をきちんと読んでみたくなりました。
ジャン・バルジャンは囚人の時と後がまるで別人に見え、マドレーヌ市長以降はちょっと秋川雅史に似ていると思いました。
ジャベール役の人、詳しくわかりませんがとても良い人なんじゃないかなあと思いました。主人公ジャン・バルジャンの敵で冷酷無慈悲な人物としか思っていなかったジャベールなのですが、この役者さんの個性なのでしょうか?暖かい眼差しに感じました。
まあいろいろ書くとキリがないので今回はこのくらいにします。
無理やり感想をまとめると、ミュージカルでなければとにかく社会の闇の部分がもろに出てきて救いがないほど悲惨な場面が続いて真剣に考えれば考えるほど辛くなる話だと思うのですが、歌のおかげで楽しい作品になっています。特にテナルディエ夫婦は道化役で楽しいです。でも・・・この人たちのせいでファンテーヌとコゼットはひどい目に遭ったんじゃ・・・?結局テナルディエ夫婦も社会の犠牲者?ついでに言うとジャベールも?
どんなに悲惨な生活でも庶民はしたたかに生きていくものだ、という風に解釈もできるのでしょうか?とにかく善側と悪側でしか読めていなかったことを反省し原作を読むことにします。
疑問なのはジャベールがどうしてここまでジャン・バルジャンを追いかけなければならなかったのか、ということ。それこそ発端はパン一個盗んだだけの罪なのに。凶悪犯でもなく、他にもっと危険な人がいただろうに・・・と不思議です。


まったく話は変わりますが、今日初めてセブンイレブンのネットプリントに登録し印刷してみました。
ワードで作成した文書を印刷する必要があったのですが、プリンターの調子が悪く、いつものようにネットカフェ(車で一時間以上かかる!)で印刷しようと出かけましたが、ワードのバージョンが違うためレイアウトが崩れ、あきらめて帰宅しました。プリンターを直す暇がなく、どうしてもダメなら手書きしかないと思っていましたが、ネットプリントでうまくいきました。今後はプリンターの調子が悪い時にネットカフェに行く必要がないと思うとうれしいですね。(車で5分かからないし。笑)家のPCで印刷する文書を登録して店舗に行きますが、USBを持ち歩かなくても良いというのがいいですね。ちょっと失敗したのはネットカフェで崩れたレイアウトをなんとかしようとして動かした行がそのままになっていたのでちょっとおかしなことになってしまったこと。間に合わせるため直しませんでしたが。家で印刷するよりもはるかにきれいに印刷でき感激でした。

それで思い出しましたが、パワーポイントも使えるようにする必要があります。(これはソフトを買わなければならないと思っていましたが去年買ったPCに入っていました。)次女が教えてくれるそうですが・・・。



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スマホのPCM録音からの取り込み方がわかりました [ピアノ]

スマホのPCM録音の取り込み方がわからずこの前の「アメイジング・グレイス」は携帯(スマホ)からPCにメールでファイルを送り、MP3変換してアップしました。
先日別な録音を同じように送信しようとしたらファイルが大きすぎてダメでした。5分近いものを2分半程度ずつに分割して録音し同様にしてもダメ。
そもそもメールで送信して取り込むなんて誰もしませんよね。(苦笑)
取り込み方がやっとわかりました。(5分の録音のまま取り込むことができました。)
本番間近の演奏ですが、完璧とは言い難い荒っぽい演奏です。もっと洗練された弾き方にしたいけれど、所詮この程度です。ミスもたくさんあります。でも練習は楽しかったですよ。本番は・・・いつも失敗しないところで失敗しました・・・。

KV.332一楽章です。記念にアップします。ピアノはヤマハのグランドです。




PCにうまく取り込むことができたのでついつい更新予定もないのに更新してしまいました。(苦笑)




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退院~そしてコンサート [音楽鑑賞]

退院したばかりでコンサートに行きましたという長編記事を書きましたがアップしたらとたんに消えました。
書き始めてからアップまでに長時間かかったのが原因のようですが、せっかく病み上がりで頑張ったのにがっかりです。ほかのブログでは書きかけで下書き保存せずに画面を消したとしても文章が保存されているらしい(gooとか)ので、so-netもそういうふうにしてほしいです。無理なのでしょうか?

細かいことはまたおいおい書く事にしますが、おかげさまで無事退院することができました。術後(子宮動脈塞栓術)の経過も良好で退院した2日後(術後5日目)の昨日コンサートに行ってきました。コンサートは自宅からはとても遠い愛知県日進市でしたがまったく大丈夫でした。退院時には痛みが残っていたためロキソニンを処方されていたのですが、今日は一日飲まなくても大丈夫そうな予感がします。病院はきれいで快適。何よりも看護士さんたちがとても感じが良くレベルの高さを感じました。これは大学病院だからなのでしょうか?手術中は局部麻酔だったので一部始終覚えています。とにかく術後の吐き気と痛みが大変でしたが予定通り4日間で退院でき(自費なのですが一日延びると入院費が3万増える。)、予定していたコンサートにも行くことができ、取り敢えず今年の大きな山は乗り越え、万々歳です。

さて今回のコンサートも米良美一さんのものでした。今年は今までにも増して有料のコンサートに行く回数が少なかったのですが、それも片手で数えることができる程度です。無料のコンサートもほとんど行っていません。
そして今年最後は今回のコンサートとなりました。
クリスマスコンサート、ということで当然選曲にも反映されていましたが、基本的には先月の関ヶ原と同じようなプログラムでした。(また後ほど追記予定です。)
クリスマスの曲としては「もろびとこぞりて」「ホワイト・クリスマス」「ママがサンタにキッスした」だったのですが、実はこの3曲は私はそんなに好きではありません。「もろびとこぞりて」は原曲であるヘンデルの「メサイア」の中の曲は好きなのですがどうも昔からあまり好きではないのです。いい曲なんだろうとは思うのですが。米良さんには他に歌ってほしいクリスマスの曲がたくさんあるのですが。この3曲はこれで良いとして、クリスマスコンサートというのだからもう少しクリスマス曲があると良かったと思っています。日本の童謡唱歌にこだわった結果”てんこ盛り”な選曲になってしまったのが残念ですね。
今回の第一部で良かったのは「シェルブールの雨傘」でしょうか。着物での歌唱でしたが、違和感を感じず聴くことができたのは米良さんの歌唱力のおかげだと思います。今回は夫も一緒に行ったのですが、この曲が良かったという点で感想が一致していました。
個人的にはプログラム掲載曲の「冬の夜」がカットされたのが残念でした。「スキー」「たき火」よりも聴きたかったので。ところで最近の米良さんが歌う童謡唱歌には”クセ”を感じるのですがこれは敢えてそうしているのでしょうか?演出なのでしょうか?私としては初期のアルバム「母の唄」のように”普通に”歌ってほしいのですが。てんこ盛りプログラムとなった第一部はカウンターテナー声あり、普通の声ありでしたが、童謡唱歌はすべてカウンターテナー声でした。カウンターテナー声で歌う時、特殊な声であるためどうしてもその日の米良さんの体調がもろに出てしまいます。私たちファンは祈るような気持ちでドキドキしながら聴いているのですが、この日は先日の関ヶ原と比較して調子が悪そうでした。最初の「もろびとこぞりて」の出だしから「今日はちょっと調子悪そう」と感じてしまいましたが。もちろんそこはプロですからいろいろ”妥協点”を見出しながら全体に影響しないように米良さんなりの”工夫”で乗り切っておられたと思います。その(たぶん)”工夫”というか演奏生活の中で身に付いた”クセ”というかなのですが、私にはどうしても気になってしまう点があるのです。一つはカウンターテナー発声時に"e"が"i"に聞こえてしまう点で、関ヶ原のコンサートの記事に書きました。幸いなことにカウンターテナー唱法による演奏と普通の声による演奏をしていますので比較がしやすいのですが、カウンターテナー唱法での歌唱時に高音発声をするために妥協しておられるであろう点がほかにもあります。それは今の米良さんがカウンターテナーの高音を出すためにはどうしても無理なことなのか、それとも少しの意識で改善可能なのかはわかりません。
気になる点は以下の通りです。

※促音(つまる音)がない語が促音に聞こえやすい。

米良さんは歌唱において”言葉”や”詞”を非常に大切に歌う人なのですが、最近カウンターテナー唱法で日本語の歌を歌うと過剰な促音傾向を感じるのですね。関ヶ原で歌った「まっかな秋」の♪まっかだな~♪はいいです。かなり力が入っていましたが”まっか”が強調されて良いと思います。ちょっと怪しげな記憶をもとに「スキー」で再現するとこうなります。
♪や~まは~しろっがね~あっさひをあっび~て~、す~べ~る~スッキーの~、か~ぜ切るはっやっさ~、と~ぶはこゆっきか~、ま~いたっつきっりか~、お~お~お~このっみも~、か~けるよかっけっる~♪(長くなるので1番のみ)
「スキー」だとあまり問題はないでしょうかね。これに関しては敢えてそうしているんじゃないかと思えてきましたが、とにかく気になります。こういう問題は普通の声で歌っている時には見られません。だからといってカウンターテナー発声のための妥協点というわけではないとは思うのですが・・・。


※最(?)高音での音価が短くなりやすい

なかなか悩ましい問題だとは思うのですが、せいぜい8分音符が16分音符程度になってしまうという世界なので改善できそうだと思います。例を挙げると以前もどこかで書いたかもしれないですが「赤とんぼ」「もののけ姫」です。♪ゆ~や~けこやけ~の~あかと~ん~ぼ~♪が♪ゆ~や~けこやけっの~あかと~ん~ぼ~♪
になってしまったり、♪は~り~つ~め~た~~~ゆ~み~の~~~♪が♪は~り~つ~め~た~~~ゆっみの~~~~♪になってしまうと、私は悲しい・・・。もはや「クラシックの米良さん」でないならこれもありなのかもしれないと思うけれど、ここで端正に歌っていただけるとうれしいですね。過去のCDではその部分に凛とした緊張感を感じるだけに残念に思ってしまうのです。

気になる問題点を先に挙げてしまいましたが、「崩した歌い方が嫌い」という自分の趣味がおおいに反映しています。繰り返し強調しますがクラシック的な歌い方に拘らなければ「崩した歌い方」もありだと思うのですが、たとえ「ポピュラー歌手の米良さん」だとしても崩してほしくないかなあ、という思いで書いています。意図的にそうされているのか癖でそうなっているのか、また発声上の問題からそうなっているのか伺いたいところです。いずれにしてもカウンターテナーで発声してない時には気にならない問題であるというのは事実です。

二部のプログラムは例によって昭和歌謡でしたが、安定感のある歌唱で楽しませてもらえました。
一応退院したばかりという体調のせいもあって「一人寝の子守唄」の頃になるとあまりの心地よさにうとうとしかけたほど。

プログラム

もろびとこぞりて
ホワイト・クリスマス
ママがサンタにキッスした
80日間世界一周(ピアノ独奏)
シェルブールの雨傘
スキー
冬の夜(←プログラムには掲載されていましたが演奏はなし)
たき火
アシタカせっ記(ピアノ独奏)
もののけ姫

(休憩)

恋の奴隷
伊勢佐木町ブルース
星の流れに
二人でお酒を
ひまわり娘(ピアノ独奏)
世界は二人のために
ひとり寝の子守唄
あの日にかえりたい
君こそわが命

(アンコール)
ヨイトマケの唄
愛して愛して愛しちゃったのよ



クリスマスソングでは赤いスーツにサンタ帽。「ママがサンタにキッスした」のあと、「幸せなら手をたたこう」がありました。(会場参加型)米良さんのコンサートは高齢者施設の”音楽療法”みたいな雰囲気かな、と思います。上質で大規模な”音楽療法”ですね。(笑)「シェルブールの雨傘」から「もののけ姫」までは永田萌(風?)イラストの紫の着物+赤い花の髪飾り。「恋の奴隷」から「二人でお酒を」までは赤いチャイナドレスに赤い花の髪飾り。(今回はなぜか靴がなかった。)「世界は二人のために」から最後までは初めて見る緑と金の市松模様のスーツ。キンキラ金のシャツでした。

プログラムにはないですが一部も二部も最初に伴奏ピアニスト北原葉子さんの前奏が。
一部ではキンコンカンコン~~と鐘を思わせるメロディーで始まり、何だろうと期待していると「きよしこの夜」でした。静かに聴きたかったのにおしゃべりしている人たちの笑い声が聞こえたので残念でした。これ以外も北原さんの独奏時は米良さん不在のステージで”休憩”と思われているのかざわつきが目立ちました。そこが残念でしたね。まあ北原さんも米良さんもそんなことに目くじらを立てるどころか、おそらくは「気楽に楽しんでくださいね。」というスタンスだと思うのですが、北原さんのピアノ独奏がとても素敵なのでかなり残念だったのです。今回の日進のコンサートは完売で満席だったのですが、客層は先月の関ヶ原と同じような雰囲気です。関ヶ原ではピアノ独奏時もっと静かでした。おしゃべりはなかったとは言えないと思いますが、気にならない程度だったはず。どうしてこうだったのかわかりませんが。

noripさんもこのコンサートについて書かれています。→こちら
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PCM録音アプリを使ってみました。 [声楽]

スマホにPCM録音できるアプリをダウンロードして録音してみました。
PCへの取り込み方がわからず、とりあえずPCメールに送り、保存。
そのあとMP3変換しました。
PCM録音アプリはもちろんフリーです。(こちらです。)
変換するのも久しぶりなのですが設定は適当です。

伴奏なしで「アメイジング・グレイス」を最初のほうだけ歌ってみました。
発音がイマイチなのは矯正装置のせいということにしてください。(苦笑)
伴奏がないとアラがもろに出てしまいますね~。


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バウムクーヘン

甘いものを控えなければという決意を新たにしたところなのですがやはりやめられません。
虫歯を作らないためなのですが、どうしても誘惑に負けてしまいます。(歯磨きはかなり念入りにしているのですが矯正中なので行き届かないところが出てきます。)
このところパスコの扇バウムにはまっています。
バウムクーヘンが気になって検索したら楽天で「わけあり品」を発見。バウムクーヘンを作るときにできる端っこの部分とかちょっと崩れたものとか出ていましたのでそれぞれ注文してしまいました。どうせ家族しか食べないので「わけあり品」で十分です。
これがきっかけでほかにも「わけあり品」はないか探してしまいましたが結構いろいろ出ているものですね。
でもはまらないようにしないといけません。(苦笑)

バウムクーヘンと言えば結婚式の引き菓子として使われるような高級(?)洋菓子店のそれを思い浮かべる方も多いかもしれません。そういうところのバウムクーヘンはやわらかさといいしっとり加減といい違いますよね。私も時々購入します。
会議やサークル活動なんかでお菓子を持ち寄る際には個包装の小さいものが便利です。たいてい丸いものをカットした形になっています。(ここで思い出しましたがファミリーマートで売っている無印良品のバウムクーヘンもお気に入りです。これは結構大きいので自分用にしか買いません。)

思えば上で書いたようなバウムクーヘンを買うようになったのは大人になってからです。それも結婚してからかもしれません。実家にいた頃は家にあるお菓子を食べていたし、自分で買うお菓子の中にバウムクーヘンはありませんでした。大学の頃もバウムクーヘンを食べる機会はなかったように記憶しています。独身で一人暮らししていた頃も購入した記憶はありません。
自分の結婚式の時の引き菓子には確かバウムクーヘンがあったように記憶しています。自分も含め友人関係の結婚ラッシュだった時期に高級なバウムクーヘンを知ったのだと思います。(もちろんそれまで高級な洋菓子を知らなかったわけではなくほかのケーキは結構食べていました。)

結婚ラッシュの頃本格的な高級バウムクーヘンの味を知ったわけですが、それまではパサパサするお菓子のイメージだったと思います。
私が実家にいた頃、菓子皿にてんこ盛りされたお菓子(オブラート付きのゼリーとか”ウィスキーボンボン”とか栗しぐれのようなお菓子です。)の中にバウムクーヘンもあり、長いことそのイメージでした。
そのバウムクーヘンは”丸太”を切った形ではなく(最近のものは個包装でどんなに小さくても”丸太”を切った形です。)直方体で一口サイズでした。年輪を一枚ずつはがしてちびちび食べるのが好きでしたね。
すごく美味しい味ではなかったと思うのですが(パサパサして甘ったるかったはず。)ちょっと懐かしくなってしまい同じような商品がないかと探しましたが検索では今時の個包装しか出てきません。昔ながらの渋い”お茶菓子”はよく見かけますのであるんじゃないのかな~と思っていますが。でも購入しても結局一人で食べる羽目になるのですよね。

ちょっと気になっていろいろ調べてみたところ、バウムクーヘンの本場のドイツでは年がら年中売られてないようですし(クリスマスの頃だけのようです。)、ドイツ人も日本のバウムクーヘンのほうが美味しいと言っているようです。
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関ヶ原のコンサート [音楽鑑賞]

関ヶ原に行ってきました。「関ヶ原の戦い」のあの関ヶ原です。
関西に住んでいた時は関東方面に行く場合に、今は関西方面に行く場合に必ず通過する関ヶ原。
だけど降りたことがなかった関ヶ原。
冬は雪が多く大変気になる場所なのですが、あるときはここを避けて遠回りしたこともありますね。
前日は大変な雨で心配しましたが良いお天気になり、高速道路のドライブも快適でした。
関ヶ原はとても寒いかもしれないと思っていましたが、思ったほどではなくほっとしました。

さて関ヶ原に行ったのは米良美一さんのコンサートだったからです。
自由席なので席を取るため早く行きました。13時開場13時半開演のために10時20分から並びました。
ほかのファン仲間が10時半に駅に着くという話だったのでその時間を目指して行ったところ若干早く着いたので駅に行こうかどうしようか悩んでやはり会場で並ぶことにしました。
この時間なら一番乗り!と思って入ってみると先客がひとりいらっしゃいました。その方は9時半から並んでおられたそうです。
とにかく先が長いなあ・・・と思いながら携帯を見たり壁の掲示物を眺めたりしていましたが、建物の外の風の音に混じって時折米良さんの発声練習が聞こえ、こうして待つのも良いものだなあ・・・と静けさを楽しんでいました。(先客さんはホールに入る米良さんに会えたとのことです。あと5分早ければ私もお見かけできたのに!)
そうこうしているうちにファン仲間が到着。一人はnoripさん、あとお二人は初対面の方々です。(お二人ともジュリーのファンで最近米良さんのファンになられたとか。)一気に賑やかになりました。しばらくは立って並んでいましたけれど床に座って楽しいおしゃべり。時間が経つのはあっという間です。
開場の時間になると長蛇の列が出来上がっていました。私たちはとにかく最前列の席を確保しようと意気込んでいて実際大丈夫でしたが、係の方からは「走らないで」「急がないで」としつこいくらい言われました。

プログラムはこんな感じです。(☆はピアノ独奏)

80日間世界一周☆
シェルブールの雨傘
黒猫のタンゴ
北風小僧の寒太郎
幸せなら手をたたこう
小さい秋みつけた☆
手のひらを太陽に
村祭
まっかな秋
アシタカ聶記☆
もののけ姫

~休憩~

恋の奴隷
伊勢佐木町ブルース
星の流れに
二人でお酒を
ひまわり娘☆
世界は二人のために
ひとり寝の子守唄
あの日にかえりたい
君こそわが命

(アンコール)
ヨイトマケの唄
愛して愛して愛しちゃったのよ



まずは全体的な感想から・・・。
米良さんは声が乗っていて絶好調な感じがしました。気持ちにも声にも力みがないというのがよくわかりました。特に何度も聴いている「ヨイトマケの唄」でそれを強く感じましたが、私生活も仕事も充実していらっしゃるのか穏やかなオーラが漂っていたように思います。「もののけ姫」はもちろん映画の時よりは低い声なのですが去年の11月のコンサート(緑川まりさんとのジョイント)の時よりは高いと思いました。去年のことなので何調かまではわかりませんが去年は4度くらい下げていると感じましたが今回のはたぶん3度くらい下なのではと感じました。とにかく去年の「もののけ姫」は完全に男声だったのが今回はカウンターテナーの声質でした。
前半はこの「もののけ姫」を含めカウンターテナーの声が目立っていたと思います。いかにも高い声で歌っているという感じがなくごく自然に聴こえたのは、今の米良さんに無理な音がなかったというのもあるのかもしれませんが、やはり調子が良かったからなのでしょう。しかし米良さんの声が高いとか低いとかもう問題ではないような気がします。高くても低くても米良さんは美しい声ですし、詞と曲の命が伝わる歌はさすがです。
そこで敢えて米良さんの歌に難癖をつけるとすれば”エ段”がiに聞こえる傾向があるということです。これも気をつけて聞いてみるとカウンターテナーの声(ファルセット)で歌っていた前半がそういう傾向が強く、男声(地声)で歌っていた後半はちゃんとeに聞こえるということがわかりました。
ここで自分の話になってしまいますが、私は頭声で歌うとピッチが不安定になる傾向があります。ある時音痴矯正で有名なY先生の講座を受けたのですが地声オンリーで歌ってみたらピッチは安定しました。これとはまったく別問題だと思うのですが、舌の形がちょっと変わるだけで高音が楽に出ることもあれば、発音に影響することもあります。米良さんの発音は何語であっても本当に素晴らしいのですが(ご本人にもこだわりがあるはず)この”エ段”がiに聞こえる傾向はご本人は気がついてないのかな?ほかの人にはわからなくても米良さんなら気づくのではと思うのですが。「もののけ姫」でブレイクしていた頃には高音であってもこのような発音の問題はなかったと思いますので(録音を聴けばわかります。いくらなんでも修正はされていないはず・・・)最近の傾向なのかもしれません。まあここでこんなことを書いてもご本人に伝わるとは思えませんが、(誰かご本人に指摘して~!)って思います。
もちろんこんなことは全体から見れば取るに足らないことではあります。でもだからこそ惜しいというのもあるのです。

あと伴奏の北原葉子さんのこと。彼女の伴奏を聴くのは久しぶりでしたが北原さんがスケールアップしているように感じているのは私だけでしょうか?以前よりもゴージャス&デラックスに聴こえました。以前は安心して伴奏を任せられるピアニストという程度の認識でしたが(それはそれですごいことなのですが)、ソロの演奏も素晴らしかったですし、こんな伴奏で歌いたいと思わせてくれる演奏でした。長町さんや塩入さんたちの編曲が良かったというのもありますが。

米良さんは今回4種類の衣装でした。
①赤いスーツ+ストライプのシャツ(ピンク?)(カツラの前髪部分にピンクのストライプのリボンのピンどめが乙女チック。←うちの娘がしそうなリボンでした・・・)
②紫の着物(永田萌さんのイラスト?)+金色の帯(カツラに赤い大きなお花)
③赤い半袖チャイナドレス(金髪ボブのカツラに着物の時と同じ赤い大きなお花。真っ赤な口紅。)
④白黒のストライプのスーツ(マシュルームカットの栗色のカツラ)

個人的に米良さんの着物姿は好きですが大きなお花は”七五三”みたいでちょっと・・・と思っています。
でも同じお花でも今回のチャイナドレスの時は良かったです。カツラもこっちのほうがいいかも。(ちょっと”やり手ババア”みたいな感じがして笑えました。)

コンサート終了後は皆さんと”出待ち”をしましたが急いでいるにも関わらずひとりひとりと目を合わせての握手をしてくださいました。握手漏れがないように気を使われたため2回も握手できましたし、ちょっと一言言っている間ずっと握手したままでした。(笑)

今回私は会場で本と米良さんのストラップ(2種類)を購入。


母

  • 作者: 米良美一
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 単行本



昨晩ざっと読んだ程度なのですが、石牟礼さんの詩の世界に引き込まれ、宮崎や天草の郷土料理が無性に食べたくなり(またまったく違う地域なのですが自分が子供だった頃の田舎のお料理が恋しくなり)、石牟礼さんと米良さんの詩的な対談に引き込まれます。あらためて米良さんは文才もあると思いましたが、石牟礼さんの詩の世界を理解し言葉にして語ることができる彼はやはり歌がうまいだけの歌手とは違う、との思いを新たにしました。
米良さんがそうでありたいと何度も語っておられる”言霊”の伝え手の姿勢、私の中ではある牧師の言葉と繋がっています。聖書の中に「荒野で呼ばわる者の声がする。」とありますが(記憶で書いています。)、バプテスマのヨハネのように「荒野で呼ばわる者の声」になりきりたい、とおっしゃっていた牧師の話を思い出します。これは言い換えれば「自分はイエス=キリストへ通じる道を備えているだけ」というヨハネの姿勢に倣いたい、ということだったと記憶していて、強烈な印象がありました。有名な牧師、話のうまい牧師というのはともすればその人自身がカリスマ的な存在になり”神”になってしまいます。
米良さんは”言霊”の伝え手に徹したいという思いがあると思います。自分の声の美しさの自覚なしにプロ活動をするということは難しいかもしれませんが、自分自信を誇示するのではなく素晴らしい歌の世界を伝えたい、そのような思い・姿勢は私たちアマチュアも見習いたいものだと思います。
面白い米良さんも好きですが、やっぱりこういう部分に惹かれます。


(11月21日追記)
noripさんも記事をアップされました。(こちらです。)
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Facebookが気になります

以前mixiに興味はあるけれどやる気はない、というような記事を書いたことがあります。
いまだにブログ以外のSNSやツイッターなどは未経験なのですが、最近は誰もがFacebookをやっているような印象すらあります。mixiのようなSNSはちょっとブームが去っているのでしょうか。
Facebookも誰もが・・・ということはもちろんないはずですが、かなり多くの人が登録しているのではないでしょうか。私はFacebookは名前を売りたい職業の人がやるものだという認識でいます。私自身は自分の語りたいことはブログで語っているし、名前を売りたいわけではないのでそれで十分ですし、匿名ゆえの制約はあるものの居心地の良さを感じます。それでもわかる人には誰が書いているのかわかってしまうものなのですがとにかくFacebookの必要性は感じていないというのが現状です。

実はFacebookにせめて登録をしようかどうかといういうところで悩んでいます。
登録してないと読めないであろうものが多そうだと思っているからですが、登録してなくても読めるものもありますよね。例えば私が通院している矯正歯科もFacebookをやっているのですが、先生が学会に行かれた時の記事などを読みました。「『いいね!』をお願いします。」とあるので押してあげたくなるのですが、これを押してしまうといろいろ面倒なのでしょうか。(『いいね!』とソネブロの『nice!』の共通点・相違点を知りたいですね。)それから初めて来院する場合「『Facebookを読みました。』と言ってください。」とありますが、言ったら何か特典があるのだろうかと思っています。私はFacebookを読んで行ったわけではないのですが。
夫はFacebookに登録しているのですが記事のようなものは書いていないです。自分がやってないとさっぱり勝手がわかりませんが、名前で検索してしても同姓同名の人たちが出てくるだけで彼のFacebookは出てきません。また友人は何かものを購入した時にFacebookに登録する羽目になり、それ以来Facebookを通じていろいろな人から連絡がある(?)というような話をしていました。(友人にとってはあまりうれしくないという雰囲気でした。)
実際私も登録してないのに自分のメールアドレスに「○○さんはFacebookを開設しています。」というようなメールがあり、驚いてクリックすると○○さんのFacebookが出てくるということがありました。すでに検索して存在を知っていたのですが、メールが来たということが驚きでした。メールのやりとりがあると来るのでしょうかね?実際夫も親戚のFacebookをそれで知ったようです。
読んでいるFacebookの更新通知がいちいち届くというのも面倒くさいですね。ブログもそういう機能があったように思いますが、私は使っていません。
とにかくFacebookの何に抵抗があるかというと実名を出さなければならないところなのですが、登録するだけならどうということもないのでしょうか?
家にFacebookの使い方に関する本があるのですがじっくり読んでないので読みたいと思います。でも以前ざっと読んだところ、良いことしか書いてなかったような記憶があります。(開設したいと思うような人のための本なので。)
誰が開設しても良いのだろうとは思うものの、娘たちの同級生でネットリテラシーがなさそうな子達(実際はどうかわかりませんがたぶんそうです。)が開設しているのを見ると大丈夫だろうかと心配になります。娘たちもツイッターやら何やらやっていますが本名が特定されないように気をつけています。しかし同級生の中には名前で検索するとブログやツイッターまで出てきてしまう子もいるのです。
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