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私と愛国心

「愛国心」という言葉に抵抗を感じる人は多いです。
又、「愛国心」のどこがいけないのか・・・と憤りを感じる人が多いことも知っています。

「愛国心」という言葉には単なる「考え方の違い」では済まされない何かがあるように感じます。

それについてこのような場で論じると言うことは、批判されることを覚悟しないといけないように感じます。

私は昔から「愛国心」について考えてきました。
自分なりの考えはあるものの、「論文」を書けるようなレベルではないので、メモ的にこれからも時々触れていきたいと思っています。

私が中学のころ、「なめネコ」がはやりました。
「日の丸」とくればヤンキーです。
どうしてヤンキーと右翼が結びつくのか、本当に不思議でした。
ですから私にとって「愛国心」を考える第一歩は「なめネコ」だったかもしれません。

高校に入り、私はキリスト教に非常に惹かれていたので、中学時代の担任の家でやっているという集会に顔を出しました。(先生がクリスチャンと聞いていたし、非常に良い先生だったので・・・と動機はめちゃくちゃ単純でした。)
「これが真のキリスト教である。」というその集会では中央に「日の丸」が飾られていました。
敢えてその教派の名前は言いません。(カルトではないですが、異端的教派と言われています。)
オーソドックスな教会では歌われないような歌をよく歌いましたが、軍歌の替え歌もよく歌いました。
「愛国の花」のような戦時中の歌などもよく歌いましたね。(軍歌は好きではないのですが、愛国歌は結構メロディーがきれいだったりします。)
教義も非常に独特で、「日本的キリスト教」を謳っていました。

「日本的キリスト教」といえば、内村鑑三です。
その教派は内村鑑三の「無教会」とは違います。
私は出たり入ったりを繰り返しましたが、その教派の「日本的キリスト教」に疑問を持ち、そこへは行かなくなりました。

その教派の「日本的キリスト教」に疑問を持っていた頃、私は内村鑑三や新渡戸稲造の本をよく読んでいました。(これは大学一年の頃でした。)

代表的日本人

代表的日本人

  • 作者: 内村 鑑三
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1995/07
  • メディア: 文庫


余は如何にして基督信徒となりし乎

余は如何にして基督信徒となりし乎

  • 作者: 内村 鑑三
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1958/01
  • メディア: 文庫


後世への最大遺物・デンマルク国の話

後世への最大遺物・デンマルク国の話

  • 作者: 内村 鑑三
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1976/01
  • メディア: 文庫


キリスト教問答

キリスト教問答

  • 作者: 内村 鑑三
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1981/03
  • メディア: 文庫


武士道

武士道

  • 作者: 新渡戸 稲造
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2003/06/14
  • メディア: 文庫


大学一年の春休みに、八王子の大学セミナーハウス主催で「ナショナリズムと国際性」という二泊三日のセミナーがあり、自分にとっては非常にタイムリーなテーマであったし、なんと言っても内村鑑三、新渡戸稲造から学ぶ、という内容だったので、すぐに申し込みました。
私は内村鑑三のゼミだったのですが、その中で上に挙げた本を扱ったので読んだという経緯があります。

これらの本、今すぐに出てこないし、譲ってしまったりもしているので、細かいところの記憶も飛んでいるのですが、内村鑑三の「二つのJ」という言葉は非常に有名ですよね。

一つはJapan(日本)。
もう一つはJesus(イエス)。

この二つに自分は仕える。どちらだけでもいけない。ということを述べていたと思います。

こんな言葉もあります。

I for Japan,       私は日本のために
Japan for the world,  日本は世界のために
the world forChrist,  世界はキリストのために
All for God ! !      全ては神のために!!

これで間違いなかったと思いますが、原文どおりでなければ訂正しますので、ご指摘ください。

内村のゼミには本当にさまざまな人がいました。
中でも驚いたのは、「自分は右翼です。」という人。
先ほども述べたように右翼=ヤンキーのイメージがあったので、伸びかけのマシュルームヘアみたいな髪型のその人と右翼が結びつかず、非常に驚きました。
又、国際政治などを専門にしている人もいましたし、自分も含め、さまざまな人がさまざまなバックボーンで語り合えた三日間は、私の生涯のなかでも非常に財産となっています。

三日間の最後には他のゼミも含めて、パネルディスカッションもしたのですが、ゼミの最後に時間に、私達は内村鑑三の出身校である札幌農学校(旧制○高でしたっけ?)の校歌を歌い、又ビートルズの「エボニー&アイボリー」という歌を歌いました。(司会者の提案で)

自分は右翼でもないし、左翼でもない、と思います。
しかし、私が話すことの背景にはキリスト教があるし、先ほども述べたようにキリスト教にもいろいろな派があります。
右翼的キリスト教(日本的キリスト教も含む)もあるし、左翼的キリスト教もあります。

右翼や左翼について思いをめぐらせることも多いのですが、同質ではないかと思うこともしばしばあります。

それは置いておくとしても、何らかの考えを持つにはそれぞれに背景があるのであって、「どちらでもない。」とニュートラルな自分を強調するのはある意味卑怯なことのようにも感じます。

「愛国心」を語り合う時、人はなぜか感情的になってしまいます。

このように自分の思いを文章化すれば、意外と冷静になれるのですが、「日の丸を揚げよ。君が代を歌え。」と強制されたら、私は冷静ではいられなくなると思います。

「愛国心」を語り合う場所とは自分がそれまで大切にしてきたものがぶつかり合う場所なのかもしれません。

私はいろいろな立場の人がいる、ということが重要なのだと思います。
「愛国心」についての考えもさまざまであってよいのです。

「私と愛国心」の歴史(?)を書きましたので、次は「音楽と愛国心」について書きたいと思います。


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yukirdam

愛国心と宗教については、私も留学してから考えるようになりました。
「なんで日本人はお寺や神社にお参りするのにクリスマスを盛大に祝うのか」などなど、答えづらい質問を投げかけられては、口ごもってしまうことも多くあり…。日本人が外来文化を好んで取り入れていること、変化に寛容な国民性を持っていること。それでも、自国のことは愛しているし誇りにも思っていること。これがヨーロピアンには矛盾しているようにとられてしまうんです。難しいですね。
by yukirdam (2006-06-19 10:12) 

Cecilia

yukirdamさん、nice&コメントありがとうございます!
yukirdamさんからコメントいただけるとは思わなかったので、驚いています。
やはりオランダに留学した米良さんのことを後の記事で書きましたが、音楽を極めれば、このようなことは必ず考えなければならない問題ですよね。
by Cecilia (2006-06-19 12:20) 

るか

私はどちらでもありません。
「どこにも属さない」ことに、育ってきた背景があり、意見を持っています。
信仰の深い方たちには「どうでもいい」人種と思われががちですが
そうではありません。
クリスマスにケーキを食べ(祈りませんが)ゴスペルを歌い(音楽としてとらえている自分を卑下しながら)
そういう面では「こだわらない」との批判を受けるのは仕方ないですが
ポストに届く宗教の冊子を熟読しつつ、それについて考えるのが好きで
意見はたくさん持っているのですが、なるべく宗教の話は控えています。
みんな、自分の信じるものがあってよいと思うのです。でも
だからこそ、布教的なお話には実は閉口し、遠巻きになってしまいます。
新興住宅地の一戸建てに引っ越したら、周り3軒が熱心に同じ信仰を持ち
もう一軒がそれとは別の宗教でした。最初はさすがに怖かったです。
同じ時間に周りからお経が聞こえてくるのですから・・・
誘いでいろんな行事にも出かけましたが、その一心さには心を打たれます。

自分はこうで人はこう、それを受け入れるのが私の生き方なので
人の信仰を尊敬も批判もしませんが、押し付けがましく感じる出来事は今も多々あります。
その人たちがなんの悪気もなく、彼女たちにはごく自然のことで
私を救おうとして話をしてくれるのはよくわかっているのですが。

ラジオ体操をピチッとやれ~!というCeciliaさんの先日の記事には
いたく共感しました(笑)
愛国心とは別に、「ちゃんとしない」ことが腹立たしい人なのです。
君が代もソプラノで歌いますよ(笑)歌が好きなので。
(見る人には愛国家に思われていたのですね・・)
不信心な人に「信仰を持て~」と感じる気持ちは、わかりますけど
「持って当然」的な接し方をされると・・・「なんだかなぁ~」と思っちゃいます。
(若者言葉についてもいろいろテーマをいただきましたが語る時間がありませんでした。残念!爆)
by るか (2006-06-19 13:59) 

Cecilia

るかさん、いつも熱のこもったコメントありがとうございます!
きっと反応していただけると思っていました。
先ほどそちらにお邪魔してコメント入れようと何度も試みたのですがうまくいきませんでした。ヤプログ、調子悪いですか?
若者言葉の記事で「ヤプログは可愛い感じの奥様が多いような・・・」と独断と偏見で書かせていただきましたが、やはり男性は少ないのでは・・・と感じます。
ゴスペルに限らず、宗教曲を「音楽」と捉えて演奏する人は多く、実際佐藤しのぶさんはS学会らしいですが、キリスト教の音楽を結構演奏なさっていますよね。割り切らなければお仕事はできませんね。
ポストに届く宗教の雑誌・・・私も面白半分で結構愛読しています。
キリスト教系のある団体の冊子・・・禁酒について触れてあると夫に見せますし・・・。
「宗教はこわい」と多くの人が言いますので、私も宗教について語ることはこのブログで控えようと思っていました。
しかし、いろいろと自分の考えを語る上で、避けては通れないので、書くようになりました。
こういう内容だと読者が離れて行くのでは・・・という不安がないではないですが、言いたいことを本音で語れるところはブログくらいしかなく、たとえ教会であっても自分の本音は言いにくいことがあります。
私はいい加減な信徒なので、「こうあらねばならない」姿からずれていると思います。
しかし、いろいろなところを渡り歩いたがゆえに見えている部分もかなりあるので、自分が実際に見てきたことを元に考えを綴りたいと思っていました。
ブログはありがたいです。
宗教にのめりこんでいる人がブログをやるとは思えませんが、自分の信仰を覚めた目で見るということは、真実を見極める上で必要なことだと思っています。
信仰者として「ちゃんと」することが誤りであることもかなり多いので、今夢中になっている人たちに愛を以って(?)そのことを伝えなければ・・・と思います。
教会では「伝道しましょう。」と言われますが、押し付けがましいと思われたくないので、なかなかできません。
by Cecilia (2006-06-20 00:36) 

るか

ヤプログ、書き込めないことが度々あって私も不自由しています。
せっかく来てくださったのに、ゴメンナサイ・・・。

ヤプログは、ブログを始めた頃に仲の良かった方たちが使っていて
デザインが良かった、それだけで決めてしまいました。
テンプレートがいろいろあって、オシャレな感じがしたので・・
それに絵文字も使えますし♪以来よそを研究していないので
良いのか悪いのかわかりませんが、面倒なので継続しています。

大した記事もありませんが、懲りずにまた来てくださいネ。
by るか (2006-06-20 16:05) 

Cecilia

るかさん、コメントありがとうございます!
いつもいろいろ書きたいと思っているのですが・・・すみません。

私もソネブロは単にプロバイダがso-netなので・・・という単純な理由で始めました。重くなることが多く、閉口していますが自分には合っているかな・・・と思っています。ソネブロの重さに閉口してお引越しされる方も多いですが、たぶんこのまま続けるでしょう。

るかさんの記事は非常に楽しく、音楽への情熱を感じさせてもらえます。
大人ならあまり見せない「くやしさ」とか素直に表現されていて、青春っていう感じがして私は大好きです。
by Cecilia (2006-06-21 08:19) 

violin2006

どうでも良いですが、エボニー&アイボリーは、ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーのデュエットでしたが、この曲ではないですか?
宗教は、阿片だ、という言葉もありますが、愛国心と宗教心は非常に結び着き易いテーマです。私自身、ロシア文学に傾倒してロシア正教に入信しようかと思ったことがあるのですが、結局、信心深さを寄進で測ろうという教会の姿勢に疑問を感じて止めました。勿論、教会を維持していくのにも資金が必要なのは理解出来るのですが、国家が成立する前と同様に収入から15%もの「税」を徴収しようというのは勘違いも甚だしいと感じました。今もその考えは変わりません。これは、他の宗教も同様です。贖罪のための寄進の勧めはルターでなくとも非難されるべきです。キリスト教や仏教、イスラム教、その他ありとあらゆる宗教の教義、精神は、それなりに意味のあるものだと思うのですが、組織となった教団は、その差はあれ、集金マシーンと化してしまうことが問題です。これは共産国家が理念とは裏腹に、指導者たちが特権階級となって民衆を裏切り、堕落していったのと共通しています。(仏教でも他の宗教でも、その集金システムは呆れるほど緻密に構成されています。生け花、茶道も同様ですが、、、。)
宗教論はさておき、愛国心については、もう少し自分なりに考えてみたいと思います。さりげなく愛せるような国であるべきだとは思うのですが、、、。
by violin2006 (2006-09-25 23:55) 

Cecilia

violin2006さん、コメントありがとうございます!
ポールとスティービー・ワンダーのデュエットだったのですか!
夫がビートルズファンで家にはたくさんCDがあるのに聴かないな~と思っていましたが、そのせいだったのでしょうか?(スティービー・ワンダーの「パートタイム・ラヴァー」・・・でしたっけ?好きな曲です。)
うちは夫もクリスチャンなのですが、いろいろ思うところがあり、私は今教会をサボり中です。(・・・というか引っ越してから、教会を定めていないままです。)
教会には「献金」というものがあり、額は自由に決めることができ、少ないからと言って文句を言われることはありません。一般的な教会では信心深さを寄進で計ろうということは大抵ないです。
いずれにしても光熱費や会堂の維持、備品、お茶・・・そして牧師への謝儀(=給料)・・・これは献金がなければできないことですので、確かに必要なのですが、大教会ほど個人の負担は少なく、地方の小教会では大きくなります。財政難で牧師を招聘できない教会も結構あるのですが、難しいです。
内村鑑三の「無教会主義」では人が集まって礼拝していることが「教会」である、と言っています。そして万人祭司主義で牧師はいません。
集金システムが徹底していない多くの教会(特に貧しい小教会)では、献金を遅れて出しても、誰も文句を言いません。しかし、教会というところは資金がないからと借金をすることもないので(会堂建築は別ですが・・・)、結局会計役員に負担がかかっているような気がします。(立て替えたりすることもあったり・・・。)
by Cecilia (2006-09-26 08:54) 

trefoglinefan

「愛国の花」は本当にメロディーが美しいですよね。それと、体制に迎合しているように見えて、実は心の奥底では身内の無事をただただ祈っているような皮肉な歌もあるように思います。
by trefoglinefan (2008-01-22 01:06) 

Cecilia

trefoglinefanさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
先ほどそちらのブログを拝見させていただきました。
後ほどコメントに伺いますね。

>体制に迎合しているように見えて・・・

そうですか!
愛国歌というものをもっと深く知りたくなりました。
それとこの記事を書いていた時には知らなかった他国の愛国歌(たとえばイギリスの"Jerusalem"とか"I vow to thee my country"などを知り、あらためてこのテーマについて考えさせられています。
by Cecilia (2008-01-22 08:12) 

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